股関節の回旋モデル 

 股関節の回旋がスキーの回旋と角付けに及ぼす影響
 
 スキーヤーがとる姿勢と股関節の回旋が、スキーの回旋と角付けに及ぼす影響については、以下のようになる。ただし、股関節以外の関節はすべて固定して、股関節の回旋のみが許されるものとする。
 大腿部長軸とスキ−が垂直になるような直立姿勢と股関節の回旋
 直立姿勢で股関節を回旋すると、スキ−は図のように、大腿部長軸を中心軸としてスキーが円を描く。スキーの向きは変わる(スキーが回旋する)が、スキーに対する角付けの変化は起こらない。故に、スキ−は平踏み(角付けなし)のままである。直立姿勢からの股関節の回旋は、スキーの向きが変わり(スキーが回旋して)、上体が同一方向を向いているとすれば、上体とスキーが捻れることになる。また、股関節の回旋が大きくなれば、スキーの回旋の程度も大きくなる。
 股関節の回旋による可動域はヒトの場合、伸展位で外旋45度、内旋45度である(中村と斉藤,1976)と言われている。すなわち、このモデルに当てはめてみると、上体を空間に固定したとして、スキーが左右に45度ずつ合計90度方向を変えることになる。
 大腿部長軸とスキ−が平行になるような姿勢と股関節の回旋
 大腿部長軸とスキーとが平行になるような姿勢をとり、股関節を回旋すると、大腿部の長軸を中心軸として、スキ−が円筒の表面を描くように動く。すなわち、このような姿勢から股関節を回旋すると、角付けが強くなったり弱くなったりする。故に、股関節の回旋を強めれば角付けも強まる。直立姿勢時とは異なり、同じ股関節を回旋しているにも拘わらず、スキ−の向きは変わらない(回旋は起こらない)が、スキーの角付けの変化が起こる。股関節の回旋の可動域からすると左右に約45度であるが、股関節の屈曲位では靱帯の緊張による制限が除かれるので、さらに関節可動域は大きくなる(中村と斉藤, 1976)。これを当てはめると、大腿部長軸とスキーが平行になるような姿勢をとり、股関節を回旋すると、下腿が45度程度か、それ以上、円筒の表面を動き、スキーのエッジが左右に45度程度か、それ以上の角付けをすることができる。
  大腿部長軸とスキ−のなす角度が45度程度になる姿勢と股関節の回旋
 大腿部長軸とスキーのなす角度が45度程度の姿勢は、スキ−ヤ−がスキーの滑降やターン中によくとる姿勢である。この姿勢で股関節を回旋すると、大腿部長軸を円錐の中心軸として、スキーは円錐の表面を描くように動く。すなわち、股関節の回旋を強めていくと、スキーの向きが変わるのと同時に、角付けも強まる。つまり、スキーの向きが変わり、スキーの角付けが変化する両方の要素が含まれることになる。例えば、右の股関節の内旋を行うと、スキーは左方向を向き、それと同時に右スキーの内エッジが角付けされる。さらに右股関節の内旋を強めて行くと、それに応じてスキーは更に左方向を向き、内エッジの角付けも強くなる。
 スキーの基本姿勢
 スキーの基本姿勢は直滑降姿勢、プルーク姿勢、斜滑降姿勢の3つである。また、直滑降姿勢は足、膝、股関節をそれぞれ中程度に屈曲した姿勢である。このような姿勢をとると上下、左右、前後のバランスも取りやすく、ターンにもつながりやすい。ここでは、この直滑降姿勢から股関節を回旋することにより、プルーク姿勢と斜滑降姿勢がとれる(清水と村上, 1985;Shimizu, S. and Murakami, T., 1985 )ことを明らかにする。
 直滑降姿勢
 写真には股関節の回旋モデルの直滑降姿勢を示した。写真の右のように、大腿部長軸とスキーが約45度になるように設定した。こうすることによって、股関節の回旋により、スキーの回旋と角付けの両方が同時に行える。足関節と膝関節は固定されており、動かすことができるのは左右の股関節の回旋だけである。
 プルーク姿勢
 直滑降姿勢から、左右の股関節の内旋を行うと、プルーク姿勢になる。プルークとは、両スキーを上方から見たとき「ハの字」、あるいは「Vの字」になり、かつ両スキーの内エッジが角付けされた状態である。両股関節の内旋だけで、スキーの基本姿勢の一つであるプルーク姿勢がとれた。そして、このプルーク姿勢はスキーヤーのプルーク姿勢に酷似している。
 直滑降姿勢から両股関節の内旋により、プルーク姿勢になるが、その際、足関節と膝関節は固定して動かさない。もし、膝関節でプルーク姿勢を取ろうとすると、膝関節(下腿)の内旋によらなければならないが、ヒトの膝関節(下腿)の回旋は伸展位では起こらず、屈曲位で内旋が約10度、外旋が約20度(中村・斉藤,
1994)である。膝関節(下腿)の内旋だけでプルーク姿勢を作るのには、関節の可動域からしても無理であり、まして、スキーに角付けを行うには、膝関節のみでは角付けの程度が小さすぎる。一方、股関節の伸展位では、股関節の内旋が約45度、外旋も約45度であり、さらに、股関節の回りには大きな筋肉が取りまいているので、主として、股関節の回旋によりプルーク姿勢を取るのが妥当であろう。
 斜滑降姿勢 
 直滑降姿勢から右股関節の外旋と左股関節の内旋を行うか、右股関節の内旋と左股関節の外旋を行うと、斜滑降姿勢になる。
 スキーヤーが斜滑降姿勢を取る方法は、斜面上で山側のスキー靴を谷側のスキー靴に対して1/2程度前に出す。次に、両スキーの先端を結んだ線を基準の線とし、その基準の線に対して、膝と膝を結んだ線、腰と腰を結んだ線、肩と肩を結んだ線、肘と肘を結んだ線、手と手を結んだ線をすべて平行にすることが、斜滑降姿勢の一般的な取り方である。しかしながら、股関節の回旋だけで、上記の斜滑降の特徴をすべて備えている。山側の足を前に出そうとして、例えば、股関節の伸展と足関節の底屈を行ったのではなく、股関節の回旋を行った結果、山側の足が谷側の足に対して前に出てきたことになる。1脚による股関節の回旋は、スキーへの回旋と角付けの変化が同時に生じたが、2脚による股関節の回旋はスキーヤーのプルーク姿勢と斜滑降姿勢を見事に再現することができた。
 スキーの基礎ターン技術
 ここでは股関節の回旋のみが許される股関節の回旋モデルによって、スキーの基礎ターン技術であるプルークボーゲン、シュテムターン、パラレルターン・ウェーデルンが再現できる(清水と村上,1985;Shimizu, S. and Murakami, T., 1985 )ことを明らかにする。
 プルークボーゲン
 直滑降姿勢から両股関節を内旋するとプルーク姿勢になる。プルークボーゲンの連続ターンを行うには、プルークの姿勢からターン外股関節の内旋を強める。すると、外スキーの内旋が強まり、かつ外スキーの角付けも強まる。同時に、ターン外股関節の内旋によりプルークトップリフトが生じ、トップリフトした側にスキーは横ずれターンをする。このように、プルークボーゲンの最大のポイントは、「プルーク(ハの字)」を保ったまま、ターン外股関節の内旋を強めることである。さらに、連続ターンをするには内旋した股関節を外旋することにより、元の基本のプルーク姿勢に戻す。そして、次のターンの外股関節の内旋を行うと、外スキーは内旋して角付けも強まり、加えてトップリフトが生じるのでスキーは横ずれターンをする。  股関節の回旋モデルによるプルークボーゲンは、現実のスキーヤーのプルークボーゲンと酷似しており、股関節の回旋だけでプルークボーゲンが再現できることを示している。プルークを行うには人体の構造上、両スキーを内側に回旋する動作が必要である。現在のスキー靴は堅く、足部はスキー靴によって底屈と背屈以外は制限されており、動作をさせることはほとんど難しい。すでに述べたように、膝関節は伸展位では下腿の回旋は起きず、スキーを回旋させる大きな可動範囲はない。この意味からも、股関節の回旋がプルークボーゲンにとっても主要な動作要素である。
シュテムターン
 シュテムターンはターン前半を斜滑降からプルークで、ターン後半をプルークから斜滑降でターンをする技術である。つまり、スキーを平行型からV字型(ハ字型)にして、再び平行型にする。姿勢としては、プルーク姿勢と斜滑降姿勢の組み合わせで成り立っている。
 股関節の回旋によりプルーク姿勢と斜滑降姿勢がとれるので、現実のスキーヤーのようにシュテムターンが再現できる。凹状スキーを用い、有効サイドカーブを利用することに より、斜滑降姿勢では両スキーが角付けされているので、山回りターンをする。その後、ターン外股関節を内旋することにより、プルーク姿勢になり、さらにプルークボーゲンの要領でターン外股関節の内旋を強めると、プルークでターンをすることができる。最大傾斜線を向いた後、ターン内スキーの引き寄せのためターン内股関節の外旋を行えばスキーが平行に揃う。これを繰り返すことにより、股関節の回旋モデルによりシュテムターンの連続ターンが可能になる。この様に、プルークボーゲンに加え、股関節の回旋モデルにより、シュテムターンが再現できた。
 シュテムターンにおいて、ターン外股関節は内旋し続けるのに対し、ターン内股関節は、内旋から外旋に動作が切り替わる。すなわち、シュテムターンではターン外股関節は同一方向への内旋だけだが、ターン内股関節は内旋から外旋へ、回旋する方向が一つのターンの中で逆方向に変化させなくてはならない。現実のシュテムターンでは、ターン内脚をいつまでも突っ張っているとターンができないので、シュテムターンではターン内スキーの切り替え、すなわち、ターン内股関節の外旋が、技術上の重要なポイントになる。  シュテムターンでは、不安定なスキーの角付けの切り替え時期を、まず、斜滑降からターン外股関節を内旋して外スキーの角付けを切り替え、続いて、ターン内股関節を外旋して内スキーの角付けを切り替える。角付けの切り替えを、まず外スキー、続いて、内スキーと時間をずらして角付けを切り替えるのがシュテムターン技術の特徴である。
 パラレルターン・ウェーデルン
 パラレルターンは、スキーを常に平行に保ちながらターンをする技術である。 図には股関節の回旋モデルによるパラレルターンの連続ターンを示した。斜滑降の姿勢から、山側の股関節の内旋と谷側の股関節の外旋を同時に行うことにより、両スキーの角付けを同時に切り替え、常にスキーを平行のままターンをするのが、パラレルターンの技術上の特徴である。  凹状スキーを使用すると、斜滑降姿勢をとればスキーは角付けられた側に有効サイドカーブに沿ってターンをする。両股関節を回旋するとスキーの回旋と角付けが同時に生じ、両スキーの角付けが切り替わり、逆方向にターンをすることができる。両股関節は同時に回旋するため、スキーにトップリフトは生じない。股関節の回旋によりスキーそのものが回旋し、角付けが生じるので、角付けを強めると横ずれが少ない切れ込みターンにもなる。  いずれにしても、股関節の回旋モデルは、現実のスキーヤーのパラレルターンを再現している。股関節の回旋モデルは、基礎ターン技術であるプルークボーゲン、シュテムターンに加えてパラレルターン(ウェーデルン)も再現できるモデルである。
 股関節の回旋モデルに可能なスキー技術
 股関節の回旋モデルは、スキーの基本姿勢と基礎ターン技術を再現できたが、その他のスキー技術もこの股関節の回旋モデルで再現できる。例えば、直滑降、プルーク、直滑降からのプルーク停止、直滑降とプルークの連続、斜滑降、プルークウェーデルン、プルークターン(、プルークギルランデ、シュテムギルランデ、シュテムウェーデルン、パラレルギルランデなどのスキー技術が股関節の回旋モデルで行える。